政治不信、政治に対する信頼の失墜、政治腐敗などなどここ最近の政治にまつわる言葉にはネガティブなイメージが非常に多い。
長きに渡った自民党政治を刷新することを期待された民主党政権は文字通り泡沫のように漂流し、そしてわが国をなんと思ってのことなのか、国家としての安定を失わせるような首相、大臣としての迷走、迷言の数々。
党としても消えいくしか道は残されていない。
言葉の力を見縊った政治屋の集まりのなれの果てである。
どんなに存在感のない政治家でも、国家観の無い政治屋でも、国民の意志を紡いだ結果として議会に立っているのである。
その政治家が議員となった途端、言葉をないがしろにし、国民に説明することも対話もなく、理解もさせることが出来ないようなスタンスでいる現在の大半の政治屋達は国民に対する最も重大な背信行為を行っているのである。
言葉はあるときは人を傷つけ、その傷が当人にも帰ってくる場合もある。
しかし、その傷を癒すことが出来るのも言葉である。
言葉によってお互いの理解が生まれ、その理解が信用を生み、その信用の最たるものが国と国民との結びつきであるべきなのだ。
しかしながら現状はどうだろうか。
翻ってわが国を見たときに、その言葉によって自らの首を絞めている政治屋の多いこと。
そしてそのような人間達によってわが国は多くの国益を損じているのである。
思慮の浅い言葉を発する政権担当者のその自覚の無さは目を覆いたくなるばかりである。
結局場当たり的なことに終始し、現在の政権運営を見てもそうだが、内ゲバ、反目の嵐。
党内の安っぽい権力闘争が何を以って国民に受け入れられるというのか。
その抗争の中で語られるほどの多くの言葉は国民に向けられたことはあったのだろうか。
多種多様な理念、思想の集合体でもある政党は個々のもちろん議論を以って様々に政策として決定していく。
その根本にいるはずであるのは、わが国国民である。
それをもう一度見直していただきたい。
そして、真正面から国民と対峙し、わが国の進むべき道を全力で模索していただきたい。
多くの問題が山積している現状を看過出来ない、そのような人々は必ず声をあげ、そして、その声は渦をつくり、わが国を再び高みに押し上げる原動力になるはずである。
諦めだけではない、前向きな声をあげるてみることも時には必要ではないだろうか。
小生はこれからもわが心に響く声の主を探し続けるつもりである。


by yasutaroh
朝日新聞の社説に唖然